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そもそもの問いは、『ベストセラー』という一時期に大量に消費される文学作品という『現象』がなぜ起こるのか、ということです。そして結論は、作品そのものではなく失われていく共同体を疑似体験するための儀式への参加なのだ、ということ。社会学でいう80年代の島宇宙化による思考の細分化とそれへの反動を非常にうまく描写していると思います。この図式は、今でも全く色あせていないと思われます。
僕は、評論家中島梓と小説家栗本薫の小学生からの大ファンなので、多少色眼鏡にかかっている部分はあるかもしれない。しかし第三者の目で見ると、冗長で同義反復が多い作者の文章は、嫌いな人も多かろう。しかし、結論だけならば、社会科学は、数式や一文の定義で表現できる。重要なのは、その結論へ至る具体的個別的なものから抽象度を上げていく『思索の過程』であると思う。中島さんのウザイところでもあり、素晴らしいところはその過程が逐一読み取れること。また自身が一時スキャンダルでテレビを騒がせたし、また天才的な物語作家として世界一長い小説グインサーガを書き、ヤオイものジャンルの元祖であり創始者というように、日本のサブカルチャーのど真ん中の材料から思索がスタートしている点が興味深い。今でも時々読み返して、同じ思索過程を追体験するようにしています。ある意味僕にとって「社会というものの構造分析する視点の」教科書ですね。
この分析を作品論に展開したのがデヴュー作の『文学の輪郭』であり、小説家として実践への宣言書が『わが心のフラッシュマン』です。そちらも合わせて読んだ上で、『コミュニケーション不全症候群』を読むと、非常に刺激的な知的スリラーであること間違いなしです。もう一歩言えば、これらの分析の母体となったコリン・ウィルソンの『アウトサイダー』も合わせて読まれることをオススメします。
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まったくノウハウも顧客層も異なる企業を毎回、時価総額十億ドル単位の企業にしていくジム・クラークの後をついていきたくなる人がいても不思議ではない。実際、3つ目のヘルシオンでは、そう信じてついてきた技術者たちが奮闘してシステムは完成し、信じた者たちは報われたのだ。
どこからともなく生み出される「ニュー・ニュー・シング(先の先を行くアイデア)」によって、彼の周りはパラダイムシフトを起こしていき、彼はどんどん資産家になっていく。それを生み出す彼の頭の中には、特殊なレーダーでも入っているのかと思えば、実はネットスケープが創業間もなく上場した背景には、どうしてもヨット建造の資金が欲しかったから、という拍子抜けするような事実があったりする。次はもっと大きなヨット欲しさに、また新しいことを考えついたりするかもしれない。
とっぴなことを思いついては皆を説き伏せ新しいことを始めていくのは彼だけではないはずだが、なぜ彼は毎回成功するのか。好奇心、集中力、勘のよさ、金に対する執着心―― いろいろと理由は考えられるが、こうした要素をもつ人はほかもいるだろう。冒険小説の主人公にもれなくついてくる、何かが起きると予感させるもの、周りを巻き込んでいくパワー、それがひとつのカギなのかもしれない。
残念なのは、これがどう見ても、シリコンバレーにふさわしい話であることだ。日本のベンチャーにはこういうミラクルショットはないものか、日本にはこういう人はいないものか、登場を期待するのみである。(加藤千秋)
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